Mr.Rovers
Tony Parkes (Parkesy) ト二ー.パークス(パークシー)監督が辞めても辞めないパーマネント・アシスタント・マネージャー。終身Roversアシスタント・マネージャー。(多分プレミアシップでは異色) あまりにキャラの立ちすぎたSounessにのみマネージメント力の評価が集中しがちだが、あの直情型の監督でチームが空中分解しないのはParkesの力に他ならない。Parkesの細かなフォローと冷静な采配がSounessを支えている。 監督交代のつなぎに指揮をとったりもする。Soueyが激昂したり落胆したりしてインタビューを拒否すると彼が代わりにインタビューに答えたりもする。Sounessが並々ならぬ タッチラインバン野郎なので、アシスタント・マネージャーの出番も多いのだ。 常に静かなほほ笑みを絶やさない人。また「凹んだ状況にやたら楽観的なコメントを出す」人、つまりParkesがプレスの前に出てきて楽観的な見通 しを語るときはRoversがしんどい時、とも言える。 '70年代〜'80年代初期にプレイヤーとしてRoversに12年間在籍。12年間で38ゴール。伝説のセンターMF、74/75のDiv-3優勝立役者の一人。 ヨークシャー出身だが「真のランカシャー人」と呼ばれクラブのフロントからもサポーターからも、もちろんプレイヤーからも信頼が厚い。本人も「ランカシャーに骨を埋めるつもり」との事。現在、たいへん落ち着いた方であるが、70年代は肩までのロングヘアーに口髭、はしゃいだ写 真などがスタジアム内に飾られている。03/04シーズンチケット申し込みブックレットには珍しくおどけたポーズで登場(横に映っているMcEveleyが笑いをこらえている) === 2.Jun.'04人事異動!! ParkesはReserveチームのマネージャーに!! (これは衝撃的な人事である、念のために強調しておくが。Parkesが引退に一歩近付いたということなのか?) ===6.Aug.'04 Sounessの辞任により6度目の暫定監督に就任。 同一クラブで6度の監督代行はギネスレコードらしい...。 代行監督暦 Bobby Saxton から Don Mackay-- Dec 30 1986-> Jul 3 1987. Pld 5 W2 D2 L1 Don Mackay から Kenny Dalglish -- Sept 2 1991 -> Oct 12 1991. Pld 7 W4 D2 L1 Ray Harford から Roy Hodgson -- Oct 25 1996 -> June 1 1997. Pld 30 W10 D11 L9 Roy Hodgson から Brian Kidd -- Nov 21 1998 -> Dec 4 1998. Pld 2 W0 D0 L2 Brian Kidd から Graeme Souness -- Nov 3 1999 -> March 14 2000. Pld 26 W11 D8 L7 Graeme Souness から Mark Hughes -- Sep 7 2004 -> Sep 15 2004 .Pld 1 W0 D0 L1 通算成績: Pld 71 W27 D23 L21 Sounessの突然の辞任、Newcastleマネージャーの就任に「とても驚いた。Newcastleマネージャー候補に名前があがってるのを見た事も無かったからね。」と語りつつ「Newcastleは彼を必要とするけれど、我々には必要じゃないと思うな。(Sounessが)ここにいて物事を改善できたとは思えない、とはいえ、行ってしまうのは愉快な事じゃない。ただ、何かあるとすれば今週は淀んだ空気が流れ去ったようだったね」 Bowenがアシスタント・マネージャーに就くのでparkesはReserveのマネージャーに落ち着くようである。 12.Nov '04、解雇される。 なんてことなんだ!!なんで解雇するんだ!なんで今なんだ!サポーターの怒り爆発。「俺達のTonyになんてことしやがるんだ!」 しかもこのニュースがクラブから直接彼に伝わったのではなく、全国紙にリークし、朝のラジオニュースで彼の娘が聞いてしまい「今ラジオでお父さんが更迭されたって言ってる...」というとてもつもなくショッキングな伝わり方をしてしまった。これについてはJ.Williamsも平身低頭陳謝した。 怒りの収まらないサポーターは試合観戦のボイコットを計画するも、Parkesから「今はそんな事をしている場合ではない。クラブとサポーターが一丸となって状況に立ち向かうべきだ。対立しないでくれ」とのコメントでとりあえず収まった。 ---04/05シーズン終了時に行われた記念試合は夢のような試合だった。現地には行けなかったのだが、ラジオで中継を聞いてるだけで笑ったり泣いたり大忙しだった。DVDも発売、これはもうRoversファンの必須アイテムでしょう。 Rob Kelly(Reserve assistant manager/coach)ロブ・ケリー アカデミーを仕切っていたが人事異動によりReserveのコーチに。04/05シーズンよりFA Youthのレギュレーションが変更になりU-18に1本化されたためシニアチームとの連係をより強化するための移動とのこと。(アカデミー事体がFAの変更に伴い多少縮小されるのではないだろうか?<私の推測に過ぎないが) Parkesと時を同じくクラブを去る。 Graeme Souness (Souey) グレアム・スーネス(スーイ) 4年間いろいろありがと!あなたの気合いに気持ちのいい勝利を味わい、あなたの短気に笑わせていただきました! 新しいクラブで喧嘩ばっかりしないようにね!心臓に気をつけて!Good Luck!! ---と、クラブを去った後に出るわ出るわのSouness体制の思い出話。特に03/04シーズンからは戦績の迷走に伴いよりいっそうメチャクチャになっていたようだ。 「トレーニングキャンプはいつも朝から晩まで飲んでいるだけだった」「日々のトレーニングはランニングばっかりだった」「ドレッシングルームでモノを投げつけるのはliverpool時代で終わったわけではなく、Ewood parkでも何度かティーカップを投げつけて割っていた」 ある日なにかで嫌われると目も会わせない、口もきかない、試合で使ってもらえない...というわけでSouness閻魔帳にいかに名前を載せないかに心を砕かなくてはいけなかったらしい。Cole(Andy)にいたってははっきりと「Roversを出たくなかったが、もうあの男と働くのは限界だった...(Sounessが出るとわかっていたら移籍しなかったのに...)」と。 "The great thing about this football club is the fact it's run by people with a genuine interest in football," "The directors are not interested in share prices or turning a stand into a supermarket. " "They are only interested in giving the town a team to be proud of and making sure Jack Walker's legacy lives on." ---Souness(LET) ![]() 『無駄に嵐を呼ぶ男』--プレミアきってのタッチラインバン監督。線審に向かって「てめえの脳ミソ茹でたろか?」 "It was only a matter of time before they got fit and after that it's like riding a bike - or making love to a beautiful woman - you never forget" ---Souness on the form of strikers Andy Cole and Dwight Yorke (BBC Quotes of the year03) "I didn't know you were a Spurs fan" ----Souness to referee Graham Poll during the game with Tottenham. (BBC Quotes of the year03) Souness家3兄弟の末っ子。8歳の時には4歳年上の兄のチームでプレイしていた。スカウトの目にとまらないわけがなく、15歳でTHと契約、目が出ずBoroに移籍、'78年にLiverpoolに移籍。Liverpool黄金時代に在籍する。'84-'86にSampdoriaに移籍後Rangersへ。1年ほどプレイヤー・コーチとして、のちにマネージャーとして'91年まで在籍。'78, '82, '86年のワールドカップに出場している。 '91年4月にLiverpoolマネージャーに。'92年初めに心臓発作でバイパス手術を受ける。'94年Liverpool史上最悪に近い成績に辞任。Glatasarayのマネージャーに就任。翌'95年GalatasarayをトルコFA杯優勝に導く。決勝戦のFenerbahceで勝利を収めた後、センターサークルにGaratasarayの旗をブッ立てて嵐を呼ぶ。'96年よりSo'tonマネージャーに、しかしシーズン終了前に辞任。Torinoのマネージャーになるがたったの6試合で更迭される。 '00.Mar.14、Blackburn Roversのマネージャーに就任。 直情型。裏も表もないストレートな性格。プレイヤーとしてのデビュー戦でレッドカードを貰った熱い人。熱いエピソードには事欠かない。「Sounessにタックルされるとシンガードが割れていた」等。かと思えば、 夏の遠征のドイツではホテルの厨房で「ソーセージ作り」にチャレンジしたりしている....。(何やってんだか...)。素肌にビブスで練習に参加しているセクシー・サービス・ショット(どこが?)を披露したりもする。持病が心臓病なのであまり激昂しないで頂きたいものである。 自身がかかわった試合にはすべて勝たないと気が済まない。プレイヤー時代も「気合いの人」として名を馳せていたが、監督になってもそれは変わらない。Liverpool監督時代はドレッシングルームでティーカップを投げつける荒れくれ者としても有名だった。Roversのドレッシングルームも天井板はボコボコ。HTに怒り狂ってボール等を蹴り上げるからだそうだ。ドレッシングルームのドライヤーやタクティカルボードは壁に固定されている。 間違っても知将とは呼ばれない。とことん闘将の系譜。凝った戦術は用いない、反面 、策に溺れることもない。誰も思い付かないような、やけくそともとれる配置で試合に挑むこともあるが、それが功をそうすることが多い。 お買い物は上手だったりわけわかんなかったりする。>>>お買い物一覧 「50歳になったらこの仕事は辞める」と宣言していたが、撤回したようだ。 '03年5月で50歳、息子は3歳。さて妻は何歳? 現在の奥さんは2度目の奥さん。元ボンドガール。 「俺の話すイタリア語とトルコ語はとんでもないけどね」(スコッチ)イタリアン、(スコッチ)ターキッシュを話すことも多少はできるらしい。 スコットランド代表選手時代、遠征時のルームメイトはGordon Strachan。 ・Lancashire Evening Telegraphロングインタビュー Celticサポーターに"SOUNESS-THE-BEAST IS COMING TO TOWN" というChantを作られた。(Rengers時代にいろいろあったからね) ---Sounessの下でバックルームスタッフだった下記の3人はRoversサポーターから「3バカ大将」と呼ばれている。
Phil
Borsma (First team Coach) Dean
Saunders (Deano) |